バジェ・グランデでの活動

2013年7月14日

今週は、手始めに「バジェグランデ市がどれくらいの量とどのようなごみを捨てているのか」の調査です。

 

Blog13.07.14

 

 

ちょうどタイミング良く国勢調査もあり、市の人口が13年ぶりに把握できます。

先ずはスタッフと一緒に地図を広げまんべんなく網羅できるように地図上に対象区(100家族)をチェックしていくと、道具を持って出発です。

ひたすらドアを叩き、「こんにちは~、市役所とDIFARです。ごみの調査に協力してください。」と一週間毎日ごみを渡してくれるようにお願いします。

ここで私が気になるのは、「トイレのゴミ」です。日本では水洗で、使用したトイレットペーパーは流しておしまい、ですがボリビアは下水道の関係で紙は別にして他のごみと一緒に出します。
今回の調査は重さを計るとともに、内容物を分別して全体ゴミ量のパーセンテージも知りたいので手作業でごみを開けていきます。

ここにトイレのゴミが混じっていたら非常に不衛生だなあ・・と思いつつ私の方はしっかり「トイレのごみは別に袋に入れてしっかり口を閉めてね」と言いますが、他のスタッフの説明を聞いていると別に説明していません。「説明しないの?」というと「あんまり説明するとやってくれないと思う」という事です。まあ、一理ありです。

後は、先ずドアを開けると日本の様に玄関が無いので家の中が丸見えです。ベットあり、台所あり。そして大体の家がものすごく、雑然としています。床は殆どの家が土のまま。奥の方には鶏や犬や猫が顔を見せています。
気になるのはプ~ンと漂ってくる匂い。馬小屋のような匂いと表現できます。

家によっては小さい子供(1歳位)が床にペタンと座って汚れた手でとうもろこしをかじっていますが家の人は誰もいない感じ。お母さんはドアを開けたまま買い物にでも出かけたのでしょうか?

二人のおじいさんが朝からお酒を飲んでいるお家もあります。「セニョリータ。いっぱい飲んでいけ」と地酒を勧められます。仕事中なのでとても飲みませんがおじいさんたちは「酔っ払い」という事で説明は不可能です。

などと家を観察しながら分別袋を渡していくとあっという間に時間が過ぎます。

マーケットの啓発活動も始めました。その様子は、また今度。

2013年7月11日

 

バジェ・グランデに来ています。喧噪の町サンタクルスから離れてこちらに来るとホッとします。
まだ冬休み中なので子供たちを連れての移動は、途中何回も止まるので結局6時間かかりました。
子供たちは前来た時に桜をプラザに植えたのを覚えているのでまっさきにサクラを確認。「まだ花咲かないね~」
今日は木曜日、ちょうど回収の日です。今日は私はオフィスでの仕事があるのですが、運転手が「メルカードの何人かが「バケツがいっぱい」だと文句を言っていたよ」と知らせてくれました。

バジェ・グランデ市のローカルテレビに一日5回この前の署名式の様子がスポットで流れているようです。それもフェイスブックにアップロードできるといいのですが…。

今回は来週の木曜日まで滞在なのでまたリポートを書きたいと思います。

 

2013年7月7日

 

署名式で、桜を植えたのがとても印象深かったのか、会う人に紹介されると「桜を植えた人ね」と言われています。

Blog13.07.07

プロジェクト第一日目は、バジェグランデ市が2年前から独自で行っている50家族の分別、収集状況を確認しました。

先ずは、朝、収集トラックを取りに行くと見るからに年代物のトラック。聞いてみると私が生まれる1年前の代物です。(1975年)「ちゃんと、動くの?」と聞くと「もちろん!エンジンがかかればまだまだ使えるからね」・・・しかし、肝心のエンジンがかかりません。「里子・・・里子の車で引っ張ればすぐかかると思うんだけど・・」(いつもはどうしてるのだろう?)と思いつつ車を取りに走ります。

やっと車とトラックをつないで、引っ張ると いきなりブチッとロープが切れてしまいました。何度目かにやっと動き出します。その間 約1時間。やっと回収開始です。

「開始時間を必ず決めないと、市民との信頼がなくなるから、これは修正しないとだね」というと「もちろん!」と返事はいいです。さあ、各家庭にごみを回収し始めますが、コマラパではバケツが外に出ているのを走りながらトラックに開けていくのが、こちらでは、先ずは「トントン」とドアを叩き、家人が出てくるのを待ち「おはようございます。今日はいいお天気ですね」「そうねえ。昨日のラジオ聞いた?」など挨拶をしてからスタッフが家の中に入り、バケツを取ってきます。その間おばさんは運転席にいるスタッフとおしゃべり・・。運転席にはプロジェクトスタッフが座っているのですが「あなたは回収には加わらないの?」と聞くと「ブレーキを踏み続けていないとサイドブレーキがないから動いてしまうんだ」との事。そうですか・・・。

 マーケットに移動し、回収を行い始めます。マーケットのおばちゃんに「バケツでの分別はどうですか?」と聞くとみんな「とても手軽でいいよ。」と言ってくれます。周知、理解されているのを感じます。バケツの内容を見てもまあまあ、と言ったところです。今回のプロジェクトスタッフは2名ともとても優しい性格の人で、バケツの中身にプラスチックごみが入っていても「ちゃんと分別してください」と言わず黙って回収してきます。

 私が空けたばかりのバケツを見て「このバケツの人は誰?ちょっと来てもらってこれを見てもらおう」というとスタッフはちょっとびっくりした様子ですが私とおばちゃんのやりとりを見ていました。分かっているんだけど,めんどくさいのか、わかっていないのか、回収し続けたらわかってくるのでそれに対したフォローが必要です。

9時開始で11時終了、回収したのはたった21家族です。今は冬休み中なので家族数は減っているというのはありますが、コマラパなら2時間で400家族は行きます。これが今のバジェグランデのリズムなんだな・・と感じつつどうしたものか・・という所です。

バジェグランデ市は去年創立400周年でした。バジェス(渓谷地帯)の中でも一番古く歴史のある市で、40年ほど前にはかの有名なチェゲバラが殺害された場所でもあります。市の中には、チェの死体が洗われて安置された洗濯場や、遺体はないですが、お墓など観光名所となっている所もあります。(死体安置所はいまでもその目的で使われているのにはびっくりしました。瀧本父さんがチェの真似をして寝た所ですよ)

 何もかもが古く、歴史があり・・と言えば聞こえはいいですが、その回収トラックに始まり、DIFARのオフィスにある机を移動しようとすると机の脚が折れてしまいました。残る一つのテーブルもとても傾いていて物を乗せると滑り落ちます。

鍵のかけ方は取手ごと取ってしまうというやり方で、(コピーができません・・)取手を持ち歩く。もうジョークの連続です。
今のDIFARのオフィスはラプンツェルの塔じゃないですけどとても高い場所に会って眺めは最高です。部屋の中に時計はありませんが、窓から直接協会の時計台の時計が私たちの壁時計です。

でも、こんな高くて目立たず、上るのに大変なオフィスは市民の誰も来てくれないので市長さんに他のオフィスを要請しないといけませんが…。

 とまあ、こんなスタートを切っていますがバジェグランデのリズムに合わせながら、計画を計画通り進めて行くように頑張りたいと思います。

 

2013年7月6日

お待ちかね、我がDIFARのボリビア代表 瀧本里子の挨拶です。

DIFAR ボリビア代表 瀧本里子の挨拶
Satoko Takimoto, Representante Legal de DIFAR.

El proyecto en Vallegrande nace el 2009 en Comarapa. DIFAR trajo un modelo de sistema de tratamiento de residuos solidos desde Japón. Ahora mismo el proyecto ha iniciado una experiencia piloto con 50 familias en Vallegrande y estamos muy contentos mostrados hasta el momento.

Para DIFAR el problema de la basura es un problema de educación. Porque no vale la pena identificar responsables sino ser parte de la solución. Esta iniciativa será parte del sentimiento Vallegrandino de vivir en una ciudad limpia.

Yo vine a Comarapa y trabajé en un primer ciclo de este mismo proyecto. Allí la gente me trató como si fuera una hija. Me ayudaron mucho tanto personalmente como en el proyecto porque en esa ocasión yo vine como voluntaria. Entonces cuando yo tenía que irme a Japón la gente en Comarapa me decía que podían creer que me tenía que ir al Japón. Sin embargo, una vez que yo retorné al Japón, me comprometí a devolver ese cariño que se había brindado en Comarapa.

Y mire usted lo curioso, yo estando en Japón empecé a hablar sobre cómo vivían los bolivianos y encontré que muchos de mis paisanos japoneses se interesaron en brindar su colaboración para seguir apoyando a Bolivia. Y es así que 200 personas en Japón se reunieron y manifestaron su interés de apoyar esta iniciativa y sacaron de su bolsillo, dinero aportaron. Y no son personas de mucho dinero, muchas de ellas son amas de casa, gente de campo, muy humilde que dio de voluntad para retomar esta iniciativa. Es así que antes de llamarse DIFAR la ONG a la cual represento se llamó “Cariño por Bolivia”. Allá en Japón la ONG es esencialmente una movilización ciudadanos en torno a una meta común y es a eso precisamente a lo que hemos venido.

(和訳)DIFAR代表 瀧本里子の話

このバジェグランデのプロジェクトは2009年の市長さんと、市議会のコマラパのリサイクルセンターへの訪問から始まりました。このプロジェクトのモデルは日本で行われている方式ですが、バジェグランデでもきっと受け入れられることを信じています。また先立って市が行っている50家族やマーケットの回収、堆肥化の一環の成果はとてもあると思います。

私たちDIFARはごみ問題というのは、誰がごみの責任者か、というのを決めるのは意味がなくバジェグランデの市民が、この市を大切に思い、きれいな町にしていきたいという思いがごみに現れるのだと思っています。

私は12年前にJICAのボランティアとしてコマラパ市に派遣され、その期間村の人たちに本当に良くしてもらいました。このDIFARの活動の原点は、その恩返しから始まったともいえると思います。

またこの私の経験を日本の家族や知人などに話をすると沢山の人たちが、話を聞いたその場でポケットに手を入れ「このお金をボリビアの人たちに届けてあげてください」と手渡してくれました。決して裕福な人ばかりでなく、普通の主婦や、農業などをやっている人たちです。NGOというのは本来、市民の発想や思いでやりたいこと、実現したいことを形にしていくのに共通の目的や目標を持った人たちの集まりだと思います。

DIFARは以前は「カリンニョ ア ボリビア」と呼ばれていました。日本の人たちのボリビアへの思いをしっかりとバジェグランデの人たちと受け止めて実現していくプロジェクトにしていきたいと思います。 (訳 里子)

 

 

2013年7月6日

今回は、JICAボリビア事務所次長の挨拶を掲載します。
和訳は 同じく 里子さんです。

JICAボリビア事務所次長 の挨拶
Palabras de Masahiro Kochi, Sub director de JICA en Bolivia.

Felizmente ha llegado este día. Nos alegra que hoy juntos con el municipio y la ONG, DIFAR demos por iniciadas las operaciones de este proyecto en beneficio de la ciudad de Vallegrande. Este proyecto no podrá alcanzar sus metas sin los Vallegrandinos. Si ustedes quieren una ciudad limpia, nosotros podemos contribuir a que se haga posible esa meta, siempre con la participación de todas las personas de Vallegrande.

Yo quiero expresarles a ustedes mi pedido de que esa motivación por tener una ciudad limpia no cambie a lo largo de la vida del proyecto.

DIFAR, es una agrupación de personas japoneses que quieren ayudar a mejorar la vida de las personas aquí en Bolivia.

El 2014, es muy importante para nosotros porque el pueblo boliviano y el pueblo japonés va a celebrar los 100 años de nuestra relación muy amistosa Japón – Bolivia. Esta es una laga historia que hemos vivido juntos y quiero que continúe por otros 100 años más.

(和訳)JICA代表の話
とても幸せな日がやってきました。この喜びを市と、DIFARと分かち合いましょう。このプロジェクトの目標は、市民の協力なしではとても到達しえません。主役はあくまでも市民であり、私たちはその決意と実行を後押しするものです。

今日のこの決意とモチベーションを今後長きにわたるプロジェクト期間中しっかりと持続する事を市にお願いしたいと思います。

DIFARは日本でボリビアを支援したい、ボリビアの人たちの生活の向上を願っている人たちの集まりです。

2014年はとても重要な年です。ボリビアと日本が友好関係にある100年を祝う年です。この長い100年を私たちは共に生き、また今後100年もこの関係を更に発展していく事を願います。(訳 里子)

 

2013年7月6日

少しずつ、署名式の挨拶をご紹介しますね。後ろの方に 里子さんの和訳があります。
まずは、カストロ・ロメロ市長から

バジェグランデ市長 カストロ・ロメロ・ペーニャ氏の挨拶
Palabras de Casto Romero Peña, Alcalde Municipal de Vallegrande.

Hoy se concreta un largo anhelo que hemos venido trabajando junto con la licenciada Satoko, prácticamente desde el 2010. Con este proyecto estamos revitalizando el relacionamiento entre el pueblo japonés y los vallegrandinos. Y si, nosotros nos vamos a sumar a los festejos que se realizarán por los 100 años de cooperación del pueblo japonés a Bolivia.

Con las 50 años familias de la experiencia piloto hemos aprendido mucho, justamente son esas familias que se encuentran en los alrededores del mercado. Justamente, gracias a esa experiencia hemos destinado parte de los desechos transformados en abono a las áreas verdes de la ciudad. Ahora vamos a expandir esta forma de trabajar hacia toda la ciudad, gracias al ingreso de DIFAR y el apoyo de JICA.

De parte nuestra existen algunos compromisos que vamos a honrar como contraparte, por ejemplo el próximo año tenemos que comprar una movilidad para el traslado de los desechos al vertedero, además del personal que tiene que contratarse tanto de parte nuestra como de parte del proyecto.

Está con nosotros nuestro director distrital. Ahí señalarle que la parte educativa de este proyecto es fundamental así como el doctor Gutiérrez representante de la universidad aquí. Vamos a firmar algunos acuerdos para poder llevar adelante este proyecto con los estudiantes.

Para nosotros el inicio de proyecto es un evento histórico. Porque con este proyecto vamos a iniciar un trabajo continuado que empezará a reducir la cantidad de material que llega al vertedero, mediante la separación de basura orgánica y otros residuos que también se pueden reciclar y ojalá la mínima cantidad de basura pueda llegar al vertedero, que la verdad es un dolor de cabeza.

(日本語訳)今日、長い間 積み重ねてきた事が実を結ぶ日が来たようです。2010年からになるでしょうか。このプロジェクトにより、日本とバジェグランデの関係が活性化する事でしょう。また、来年は日本がボリビアへ支援を始めた100年記念の年を迎える事もお祝いしたいと思います。

先立って実施してきた50家族でのパイロット事業はとても私たちの役に立ちました。また生ゴミ堆肥は市の緑化にとても役立っています。本当に、DIFARがこのプロジェクトを実施にバジェグランデに入り、そしてその支援をしてくれるJICAにも深く感謝をしています。

このプロジェクトでは私たちもパートナーとして約束を守らなければいけません。再来年は回収トラックを市で購入し、またプロジェクトに関わるスタッフも技術移転の為市で雇用するなどプロジェクト実施に大きく影響する部分でもあります。

また重要な「教育」の部分では、今日署名式に出席してくれている教育委員長のグティエレス氏や、大学の代表者ととともに協力し合いながら進めていく事が必要です。

今日の署名式は本当に市や市民にとってとても意味深い事です。現状の市が抱えるごみ問題はとても頭が痛くなる大きな問題だからです。(訳 里子)

 

2013年7月5日

7月2日 バジェングランデで待望のプロジェクト開始署名式が行われました。心配していたお天気も良く、1日前に準備の為にバジェグランデに入った甲斐あり準備万端整える事が出来ました。

通常署名は、市議会の会議室で代表が署名して終わりなのですが、このプロジェクトのメインキャストは市民なためぜひ、市民が参加できるプラザで行いたい!と市長さんに無理を言いテントを準備してもらいました。

市長さんも挨拶で「普通は、外ではやらないがとてもいいアイデアだった。」と言ってくれました。
知り合いの日本人の方から桜の苗木を10本頂き、「SAKURA」の説明も加えた記念植樹もする事ができました。

ラパスからはJICA代表として次長、NGO担当者、広報担当と3名が参加してくださり、DIFARからは、建設コンサルタントの諸隈さんが列席してくださいました。

 

Blog13.07.05.

 

バジェグランデ市からプロジェクト案の申請があったのが2009年末、コマラパでの事業を縮小した、バジェグランデ独自予算でのパイロット事業、草の根パートナー事業の申請、採択、ボリビア政府でのNGO登録、契約までの調整と、本当に予想もしない山がいくつもありそのたびに(本当に実施にたどり着けるのだろうか?)と思ったものですが、JICAもバジェグランデ市も、DIFARもただただ(このプロジェクトをバジェグランデ市でやりたい!)の一心でこの時を待っていたといえると思います。

これからが本番ですが、これだけ盛大にスタートを切った事業は今までないのでちょっとプレッシャーを感じているのが正直な所です。

後、感じたのは「広報」の大切さでしょうか。DIFARはコネもないため、バジェグランデ市に関係者を招待する位でしたが、JICAはサンタクルス市で一番読まれているElDEBER誌に直接、記事を送り掲載の要請と、記者への招待し、署名式の写真や記事を送付する等細かい指示をリアルタイムで出していました。
バジェグランデ市のローカルテレビや、ラジオからも取材を受け、ライブのラジオ番組でのインタビューにもJICA次長と出たり・・と目まぐるしい一日でした。

市長さんはよほど嬉しかったのか、JICAは署名式後とんぼ返りだったのですが30分だけ!とお気に入りのビーフジャーキー屋さんに連れて行ってくれました。

出てきたお皿にはバジェグランデでしか作られていない皮つきで食べれる小さいゆでじゃがいもと、ゆで卵、バジェグランデ名産のチーズとてんこ盛り!のジャーキーが盛りつけられていました。

諸隈さんが「これはビールが欲しくなる~。でもこんな量のジャーキーは見たことも食べた事もない・・」と言っておられました。

ElDEBER紙には、7月1日と7月2日でこの記事が掲載されています。
こちらではスキャナが無いため週末送ろうと思います。